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東京高等裁判所 昭和48年(う)2726号 判決 1974年6月19日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人景山収作成名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。

控訴趣意中、事実誤認の主張について。

論旨は、被告人が金融機関からいわゆる統一手形用紙及び統一小切手用紙の交付を受けたのは、当座勘定取引契約を締結した結果であって、被告人の欺罔による結果ではないのに、この点につき詐欺罪の成立を認めた原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで記録を精査して検討すると、原判決挙示の関係各証拠によれば、右の点に関する原判決の事実認定を十分肯認することができる。右証拠によれば、次の事実が認められる。すなわち、被告人は、金融機関が取引の相手方に交付するいわゆる統一手形用紙及び統一小切手用紙に対するいわゆる手形ブローカーらの需要が大きく、これを他に転売すれば多額の利益が得られることに着目し、登記簿上存在するだけで全然実体がなく、事務所や営業実績等も全くない架空の会社の名義で市中の金融機関との間に当座勘定取引を開始することにより、金融機関から統一手形用紙及び統一小切手用紙を騙取しようと企てた。そのため被告人は、架空人を役員とし、出資金の払込みもないのにあるように装って有限会社の設立登記を申請し、公正証書の原本である商業登記簿に不実の記載をさせたうえ、原判示の株式会社大光相互銀行池袋支店の係員に対し、自己が架空人である有限会社山幸土木の代表取締役村山幸男であるといつわり、内容不実の前記会社の登記簿謄本等を手交した。右の事実に基づき被告人は、真実は会社の資金や営業実績等は何もなく、取得した統一手形・小切手用紙は他に転売して利益を図る意思であるのにこれを秘し、自ら当座勘定の支払資金を継続して預入れる意思がないのにあるように装い、原判示のとおり虚構の事実を告げて当座勘定取引契約の締結を申し込んだ。そして、同係員をして、右会社は実在する企業体であって、同会社名義の当座預金勘定への入金も継続して行なわれ、かつ交付する統一手形・小切手用紙は、同会社の営業活動等正当な用途に使用されて、他への転売などなされることはないものと誤信させて、前記銀行と右会社との間に当座勘定取引契約を締結させた。その結果、被告人は、右契約に基づき同銀行から統一手形・小切手用紙の交付を受けたほか、原判示のとおり北海道拓殖銀行池袋支店等五銀行から、同様の手段方法で統一小切手用紙の交付を受けたのである。

所論は、金融機関が被告人に対し、統一手形・小切手用紙を交付したのは、当座勘定取引契約を締結した結果であって、被告人の欺罔による結果ではない旨主張する。しかし前記認定のとおり、被告人は、金融機関と当座勘定取引契約を締結して統一手形・小切手用紙を入手するために、前記のように金融機関の係員を欺罔し、その欺罔行為の結果、右係員を前記のとおり誤信させて当座勘定取引契約を締結させ、その契約に基づいて被告人自身に対し統一手形・小切手用紙を交付させたものであるから、右手形・小切手用紙の交付は被告人の欺罔行為の結果であるといわねばならない。所論に鑑み、さらに記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果をも併せ検討しても、原判決に所論のような事実誤認があるとは認めることができない。論旨は、理由がない。

控訴趣意中、量刑不当の主張について。

論旨に鑑み記録を精査して検討すると、被告人は、前記のとおり、いわゆる統一手形・小切手用紙を転売すれば、多額の利益が得られることに着目し、会社として全然実体のない架空の会社の設立登記申請をして公正証書の原本である商業登記簿に不実の記載をさせたうえ、市中の金融機関に右会社の登記簿謄本を提出し、前記のような欺罔手段を施して当座勘定取引契約を結んで統一手形・小切手用紙を手に入れ、これを高価で転売することを業としていたものであって、これにより多額の収入を得ていたものである。そしてその手口は極めて計画的で、被告人が転売した統一用紙によって預金のないまま多額の小切手が乱発されるに至ったものであり、さらに被告人は、有印公文書(印鑑証明書)偽造、同行使及び横領の累犯となる前科を有することをも併せ考えると、犯情は軽視することができず、その刑責は重いといわなければならない。そこで、被告人が現在は正業についていることその他所論の主張を含めて、被告人に有利な諸般の情状を斟酌してみても、被告人を懲役一年六月に処した原判決の量刑が重きに過ぎて不当であるとは認めることができない。論旨は、理由がない。

そこで、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条により、これを棄却することとし、当審の訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書に従い、全部被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浦辺衛 裁判官 環直弥 内匠和彦)

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